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フリーランス僧侶の末路

今、AIという産業革命により時代は大倒産、大失業とのことです。いつの時代でも産業革命の前は人手不足でした。そのためにそれを克服するための手段として人類は叡智を絞り産業を効率化してきました。追い込まれた時がいつでもチャンスでもあります。窮地を救った人こそがその後は英雄となります。ゾンビ企業を追放しぶら下がり人材を斬り捨ててこそ世の中は健全化します。そのために新陳代謝は必要であり必要な人とそうでない人の選択と洗濯は避けて通れません。経営の神様こと松下幸之助翁は好景気よし、不景気さらによしという名言を残しました。

お坊さんでも三流がほとんどのため顧客を納得させることはなかなかできません。今、当院ではプロの大工さんと職員で日曜大工の人といます。素人の私が見ても仕上がり具合は雲泥の差です。これでは日当の差が出るのは当然です。プロと言える僧侶はなかなかいないものです。この人なら任せておけるという人材はいないものです。これからフリーランスが大失業をしてまた会社に戻る人が続出すると言われております。

派遣僧侶と言われる人も食えなくなっているそうです。仕事がない上に実力のある人もいません。そのために自立ができなくなっております。生活の保障もないため病気にでもなったら終わりです。住宅ローンも組めません。中年で脱サラをして僧侶になった人で私は大成した人を見たことがありません。ただ僧侶の生活を見て羨ましく思って自分も世の中を見返したいといわんばかりの人たちです。成れの果ては悲惨です。そして息子も僧侶にさせていますが碌なのがいません。そもそもの動機が不純で志なき出家はたちが悪いものです。おそらくはほとんどが潰れていくと思います。フリーランス僧侶で苦労もなく自分勝手に生きて来て今さら寺院に勤務をしたいと言われても虫がよすぎます。葬儀や法事の時だけ仕事をしてあとはふんぞり返って来た人がこれからどうしたらよいのですかと言われても困ります。自由気ままな生活がしたいからと僧侶になった人が今になって慌てふためいても助けようがないというものです。

当院の場合の派遣僧侶は衣食は支給されます。仏具や袈裟、絡子、大衣、下駄(雪駄)も渡されます。たとえば50万円のお布施をいただいたとします。それが葬儀社経由の場合には単純に折半です。残金の25万円を派遣僧侶15万円と当院10万円で分け合います。ただ当院の場合には事務手数料がかかります。お付き合いのための経費も嵩みます。支給品も発生します。よって利益はその半分となります。結局は50万円のお布施でも手元に残る資金は5万円となります。それが現実です。さらにリスクなことはその僧侶がすっぱらかしてしまうことです。他人に孫受けさせれてしまうこともあります。その後の法要の予約を取ってしまう人もいます。着服もあります。請求をしない場合にはそのまま懐に入れてしまう人もこれまで数多く見て来ました。これが派遣僧侶の実態です。生態です。私の厳選した人でもそうなのですから実際はもっともっと酷いと思います。お坊さんは点数をつけられないため自己評価ができません。そのために甘くなります。

かつて石屋さん経由で当院にお勤めに来られた僧侶はすべてがなっておりませんでした。私は愕然としました。これが実態なのかと。葬儀や法事がなくなりお坊さんが失業していくことはよいことなのかもしれません。悪貨が良貨を駆逐するとは言いますが。鬼畜僧を駆除するために今の寺院不況、お寺離れはよいことなのかもしれません。今、当院では新体制にして仕事は増やさずに山内だけで回す仕組みにつくり替えております。収入が伸び悩んでいるときこそ人員の整理をしてより少数精鋭を強化します。筋肉質にしてパワーアップ、バージョンアップをさせます。敷居を高くして堀をつくりなかなか近づけないようにします。先ほども職員には報酬を自信をもってもらえるようにプロの仕事をよく見て欲しいと言いました。誰でもできる事をやっていたのではいつ仕事がなくなっても仕方ないんだよ、と。

これから宗門は僧侶の失業率が向上していく中でどんな施策を講じるのか見守りたいと思います。僧堂機関を経ても何の役にも立ちません。群れることを是とする紋切り型人間の粗製濫造工場になっているに過ぎません。たとえ僧堂生活を経てもただ頭も使わずに馬車馬の如く働かせられるだけです。その後、社会に出ても何もできない人間ばかりが出来上がって来るに過ぎません。そこには明日の宗門は微塵もありません。今は大切なことはそうした堕落僧とは一線を画し新たな道を模索する以外にはありません。私はもうほぼすべてのことを断ろうと決めております。手を差し伸べても将来性のある人はいません。焼け石に水を注ぐことは断たないといけない時期です。

またこれは僧侶に限らずに生活困窮者の採用、任用は避けないといけません。どうしてもこれまでの経緯の精算があったり問題を多く抱えております。これを雇用側が背負うことにはなります。困っている人の救済は宗教者の勤めです。が始末に終えない人もいます。にっちもさっちもいかない人には振り回されてこちらが疲弊してしまいます。人は誰でもよいところがあります。そのために一定の役割を果たしてくれるものです。たださすがにもう余裕はありません。斬り捨てです。私はいつも頼まれごとに終始しております。もうこれからはお断りをして一度、身辺整理をして僧侶の断捨離の徹底を急ぐことにしました。派遣僧侶の時代、フリーランス黄金期は終焉です。原点回帰、会社復帰の世代に先祖帰りします。それができない人から自己破産します。

不労者になって人は初めて現実を知ることになるでしょう。いかに自分が甘やかされて世間知らずだったかを。今や中高年に明日はないし未来もありません。あるのは生老病死だけです。その人たちのための収容所は必要になります。それには私も加担してもよいかなと思います。いずれにしてもフリーランス、派遣僧侶、葬式仏教は終わります。霊園も破綻します。宗派や本山も崩壊します。残るのは依存から脱却して自立自演の人だけです。時代を先取りして物事を俯瞰できる複眼的視野を持てる人は躍動します。格差社会はこれまでの努力が実を結ぶとてもよい時代です。この時期を謳歌できたら幸せだと思います。逆に転げ落ちたら悲惨です。明暗の分かれ道です。暗闇をいくひと。眩しすぎる航海に出るひと。さまざまです。真価が問われる時が来ております。淡々と粛々と。合掌

令和8年6月30日
見性院 橋本英樹拝

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