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私と葬儀と法事


私と葬儀と法事

 

 私の場合は葬儀と法事の所要時間はほぼ決まっています。そのため一般葬のような長時間の読経焼香をする気はもうありません。疲れるしダラけます。そのため基本的には家族葬しか受けません。寺院行事も基本的にはご遠慮をします。内容のある心に染み入る法話しか興味はありません。読経はせいぜい10分〜20分が限界です。

 昔のような大勢が参列する法要はもはや大嫌いです。意味はないと思います。退屈です。だいたい日本での授業や儀礼は長すぎてつまらな過ぎです。今のような隣組が来ない葬儀や法事が好きです。気に食わない人が多くいる地区で隣組が参列している場合は断るつもりでいます。気分が悪い中での法要をする気はもはやありません。特に精神状態が安定せず気分が優れない時には格調のある奥ゆかしい深い法話などできるはずがありません。波長の合わない人がいる時はよい話はできないものです。

今後は私が認めていない人の法要は一切やりません。条件が整っている場合に限ります。
研ぎ澄まされた中での法要に限ります。これなら私のペースでできるでしょう。マイワールドに引き込める時しかやる気は出ません。

そのくらい僧侶というものはお高く染まっていて私はよいと思います。それでもお願いします、と頭を下げさせてやるものです。これぞ宗教者であり聖職者です。檀家にへつらって生きている住職などみっともないし惨めです。堂々として溌剌として颯爽としていればよいのです。普段から修行をして研鑽を積んでいれば否が応でも滲み出て来るものが備わります。一般人との格の違いを見せつければよいのです。それぐらいのつもりで僧侶をやってもらいたいものです。どうだとかではなく何も言わなくでもオーラが輝いているようでなかったなら。

 私はそんな心構えで普段から生きております。恐れるものなどないはずです。
仏道をただひたすらに生きていくのみです。他人など何の関係もありません。我が道を生きるのみ。
合掌

令和6年2月1日

見性院住職

2024年2月1日新着情報投稿用
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