雪化粧の見性院
今朝から深々と降り積もる雪化粧をした境内の写真集です。一年に一度の雪景色です。燈明との相性もよく風景に溶け込んでいるかと思います。日曜日で法事の件数、来客ともに多く賑やかです。この風景を楽しんでいただけましたら幸いです。相談や見学者も引っ切りなしで職員はてんやわんやの一日のようです。すべてが整って来た当院にとてもありがたい仏天の御加護からの贈り物のように感じます。燈明や石仏に冠した積雪はなぜか暖かみがあってほのぼのとさせられます。明日はお世話になった恩人の伯母の通夜です。手作りの料理を持参するため仕込みをしております。料理上手な人で夕食がいつも楽しみでした。買い出しも一緒に行ったりと思い出は尽きません。今日は特に雪中にあって喪に服しながら感傷にも耽りながら明日の準備をしております。この境内の風景をもって伯母に捧げ燈篭に灯る火をもって冥福を祈ります。
このプログを執筆中、なぜか私の創設した僧侶教団(サンガ)のひとりでとても親しくしていた浄土宗僧侶のKさんの訃報に接しました。SNSには故人の闘病中の様子、奥様との最後のことが記されておりました。Sさんは元々は大阪の浄土宗寺院の出身でした。事情があり縁があって東京に出て来られました。彼の政財界や業界の多岐にわたる人脈はずば抜けておりました。時に俳優たちと当院を訪ねて来ることもありました。あるいは彼の紹介で私は青山葬儀所で大物実業家の社葬の導師を勤めることがありました。歴代総理や故石原慎太郎氏などが列席しておりました。各界の大物が参列する大大的な葬儀は生涯であれが最初で最後だったと思います。全宗派の人たちとの一堂に介した勉強会として発足したために思いも寄らない出逢いがあったのだと思います。だから代議士とも縁戚になったりメディアの接点がいつもあるのかもしれません。確か善友会の創設は今から15年前だったかと思います。超宗派の僧侶が最盛期は百人を超えておりました。研修会は我が見性院の書院、浅草 浅草寺門前の区民会館、京都、知恩院の和順会館などで行っておりました。思えば私も超多忙の毎日だったと思います。個性的な各宗派の僧侶を束ねて一方向に引っ張っていくことの難しさ、嫌というほど味わいました。そのためにあらゆる宗派の勉強にも没頭していた時期もありました。おかげで八宗に精通して多くの仲間も得ることができました。今は休会中です。それでも数人とは今も連絡を取り合い連携をしてやっております。生涯の勝友です。こんなこともやっていのだなとよくもやれたなと思います。おそらくは今後の人生に何かしら生きてくるのだと確信しております。
これからは人生百年時代です。第二の人生で起業もありです。転職転籍ありです。転住転回ありです。人生二度なしでも二度生きはありです。一回の人生で二回三回の転職や転住はむしろよいことだと思います。余裕があれば二拠点、三拠点生活は理想です。それによって却って深掘りもできるし物事を俯瞰できるようにもなります。諦めて投げやりになり不貞腐れた人生を生きている人は多すぎです。人生を前半と後半に分けて二度生きする時代です。それには50歳を過ぎたら始めないといけません。準備には十年を要します。私もこれだけのことができたし貴重な経験と知見を得たいま、人生はこれからだし、まだまだやり直しはできると思っております。これまでの稀有な体験を生かさないともったいないし活かせると思っております。これまではむしろ準備であり助走であると思っております。下地をつくったに過ぎないと思っております。本番こそこれからです。一時は百人のサンガ(教団)を束ねた経験は貴重です。これを生かさない手はありません。必ず寺院運営のための産業再生機構を創業します。ご期待ください。
人生に決して無駄はありません。必ず点と線が繋がる時が来ます。不思議なものです。常に世のため人のために身を粉にして働き正義と戦っていれば必ず天は味方をしてくれるものです。逆に人を虐めたり貶めたりして来た人は人生の後半で必ずしっぺ返しをされます。人生は自己責任です。他責の人は落ちていきます。自責の人は救われます。。自己犠牲の人は上り自己優先の人は下ります。この道理こそ仏法です。昔の人がよくお天道様が見ているから悪いことはするな、と言ったものです。損して得とれ。悪銭身につかずです。この道を生きていく他に道はなしです。人生はとても正直なものです。釈迦の説いた因果律です。この雪解けとともにまた春を迎えることになるでしょう。時の流れる早さと変化の中で我が道なる行にひたむきに精進してまいりたいものです。
「春は花 夏ホトトギス、秋は月 冬雪冴えて涼しかりけり」 道元禅師
令和八年二月八日
見性院 橋本英樹拝






