No.05 「天災地変」
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| 3/11 14時46分でございました。まさに日本列島に激震が走りました。 |
| 未曽有の津波により、東北太平洋沿岸の一部は壊滅的な被害に会い、 |
| 今なお行方不明者の捜索は難航しております。 |
| 被災者の無事を祈り、復旧支援のため早速、曹洞宗災害対策本部に寄付をいたしました。 |
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| さて、話は飛びますが震災直前に出馬を決めた石原都知事から、その後今回の大災害について |
| これは天罰であるという問題発言がなされ、撤回するという一幕がありました。 |
| 立場的、タイミング的には時宜を得なかったわけですが、 |
| 私個人としては、同情する面は少なからずあります。 |
| 戦後六十五年、緊張感がなくなりふぬけになった日本人に |
| 喝を入れられたと受け取ることも必要ではないかと思います。 |
| もちろん、犠牲になられた方には申し訳ないし、全力で支えないといけません。 |
| 同時にわたしたちの身代わりになっていただいたのだと思って |
| 冥福を祈ることが仏教者のつとめです。 |
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| 一昨日、お檀家の方が法事の相談にこられました。 |
| 前日の夜に「明日の午後三時過ぎだったら都合がつく」ということでした。 |
| 私の方は会議ということもあり、身なりを整えて二階から一階の寺務所に来てみると |
| 椅子にそり返って堂々とたばこを吸い、腕組みをしておりました。 |
| 寺務員の話では灰皿は持参してきたからとのことでした。 |
| 私自身、これまで何度もイエローカードをつきつけてきただけに、 |
| 今回という今回は怒鳴りつけました。親の法事をしてもらおうという人がこれです。 |
| こういう時期にこれから計画停電が行われようとしている時にこのていたらくです。 |
| 平和ボケといわれるゆえんかもしれません。 |
| そういう人が民生委員、教育委員や議員だったりします。 |
| この地区でも私と話をするのにポケットに手をつっこんで |
| 話をしていたり、こちらが挨拶をしても知らぬふりという人もいます。 |
| これが今の世の中なのかなと思います。 |
| 私自身の布教教化不足、指導力のなさというものがありますが悲しいかな、これが現実です。 |
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| 私がかつてアメリカ留学中、韓国の人たちと交流を持つことがありました。 |
| ご承知の通り、韓国には徴兵制があります。 |
| 韓国の青年は礼儀正しく、凛々しくて男らしい人が多いのはなぜか。 |
| 軍隊教育と儒教の国ということがあるようです。 |
| そのために日本人の女の子がそちらに目が行ってしまっておりました。 |
| 軍隊はもちろんない方がいいに決まっております。 |
| ただ、堕落している今の日本人には自衛隊を義務づけるとか |
| 出家して山にこもる(タイには国の制度としてあります) |
| あるいは留学をさせる丁稚奉公をさせる、こういうことが必要かもしれません。 |
| ない方がいい面もありますが、人間はぶたれないとわからないという愚か者でもあります。 |
| 本当の意味でやさしくて厳しい人。うちにやさしい時代は終わりました。 |
| セーフネットを持ちながら挑戦していく姿勢が大事です。 |
| 子供を親は育てられないというのは私の持論です。 |
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| 話が都知事に戻ります。石原さんも徴兵制度的なものはあった方がいいといっております。 |
| 中曽根さんから石原さんへの要望として、大統領的な政治の中で |
| 破壊的教育改革をということがあるようです。 |
| 「知事の中の知事」、首都を司る主として外国からも招待され、 |
| 一千万人の有権者によって選ばれる都知事には絶対的な権限が与えられているといわれます。 |
| さらに石原さんのような個性的で自己主張のできる |
| 強いリーダーが求められていることは言うを俟ちません。 |
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| 不景気に追い討ちをかける形となった今回の天災ではありますが、 |
| 新しい時代の幕あけと考えて、
これからがある意味正念場となってくると思います。 |
| 勇気を持って一歩前に出て、甘やかさない世の中をつくっていくことが重要かと思われます。 |
| その点からは私も方向転換をしていかなくてはいけない時期かなと思います。 |
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2011年3月25日 見性院住職 |