No.02 「宗門寺院への提言」
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| 今日は曹洞宗門の知識人・論客と思われる数人の投稿記事から私見を述べたい。まずは有道会 |
| 関係の記事にも提言をされている川岸高眞師(1)には社会科学系の人材の登用が宗門の急務で |
| あるとする持論が以前からあおりである。師は宗門という巨大組織を運営していくには、今日、行政、 |
| 経済、法律にも明るい実社会でのエキスパートの存在が必須であると説く。つまり、たとえば大企業 |
| の役員を経験した有能な人材を、宗門外から曹洞宗の責任役人として迎え入れるのだという。これ |
| が抑止力となれば、暴走は防げるし活性化していくとのことである。神野哲州師(2)にも川岸師と同論 |
| と思われる記事が存在する。 |
| 現今の宗侶たちは本末、法類、経済力といった制約・抱束を受けながら、法務に追われている。 |
| 宗門の明日を考えるには煩雑で、もはや失望している感すらある。まして社会的経済的教育を受け |
| ていない僧侶に経営手腕としての設計図がはたして読めるだろうかというのである。この際、外部か |
| らの専門家を招聘していくべきだというのである。さらにもう一つの神野師の重要な提言に会派意識 |
| 改革の必要性を説く。周知の通り、曹洞宗門は打算と分裂をはらんだ二重構造となっている。今は |
| むしろ負の部分が表面化しているという。系統は宗制にも明記されている。このままでよいのか。私 |
| (筆者)も二大本山同格制には異論はないがはっきり色分けがはたして必要なのか甚だ疑問である。 |
| 宗侶にとって現状下での自らの選択はなかなか難しい。因みに私自身は永平寺系であるものの、 |
| 周囲は総持寺に好感をもっている者も多く、困惑することがある。そのあたりも上層部の方に一考 |
| していただけたらと思う。ここで霊元丈法師(3)の提言を紹介したい。贅沢と安逸をむさぼった寺院 |
| は二十年後、存続の危機に立たされる。あるいは十年後かもしれない。その時には、葬儀を中心に |
| 特化した業務寺と、観光や祈祷を含む信仰の寺としてしか、いずれでしか生き残れなくなるだろうと |
| 言うのである。宗門、あるいは宗門寺院が生き残る最低二つの課題を挙げている。宗教法人経営の |
| 健全化・透明化である。浄財の無駄使いをなくす。宗費のせめて半分は教化費に当てるべきだという。 |
| もう一つが個の宗教へと移行していく現代教学の確立である。具体的には寺族の身分保障、後継者 |
| 育成のための教育機関(大学・僧堂)の充実である。宗議会に寺族や尼僧の視点も取り入れ、関与さ |
| せていくというのである。なるほど画期的な提案であることは私以外の人にも同感ではないだろうか。 |
| また、話題のブログ「曹洞宗にもの申す」の著者、千代川宗圓師にも同様の論がある。肥大化 |
| した曹洞宗というマンモス教団を世間的見地からも更正させるには外部からの人材登用は避けられ |
| ないという。師の持論、流儀には賛否両論があることは言うを俟たない。師の辛辣な物言いには問題 |
| もあるかと思う。しかし、これだけ年功序列がまかり通り、窮屈な体質の中で、孤軍奮闘している姿勢 |
| は称賛に値するし、エールを送りたい。宗門の内部事情をこれだけ詳細に一般読者に情報提供し、 |
| 現状分析して、構図を描ける宗門的政治評論家は、なかなかいないだろう。足をすくわれないように |
| していただきたいものである。実は私は二年程前に千代川宗圓師には印旛沼のご自坊まで訪ねて |
| いったことがある。それもあの「曹洞宗にもの申す」の著者であることも知らず。私のために一日を費 |
| やして、成田周辺を案内してくださり、非常に親切にしていただいている。いまだ何の御礼もできてい |
| ないが、寛大な心の持ち主であった。今の私のビジョンに少なからず影響を与えてくださっていること |
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は間違いない。この場を借りて感謝申し上げたい。また、川岸師、神野師、千代川師の提言である |
| 外部からの登用であるが、これは宗務庁に限らず、地方寺院についても同様である。私の自坊では |
| 私的諮問機関を作り、有識者の意見は極力きくようにしている。決して業者まかせにはしないように |
| している。また、異業種の交流をするためにも、企業研修会にお寺の会館を提供している。私自身も |
| 講師として坐禅指導、講話を担当し、参加者には作務も積極的にしていただいている。この中から |
| お寺のスタッフになって奉仕活動に従事してくれている方もいる。「人はみな師である。」私が寺院業 |
| 務を一元化できたのは、同業者とはあまり連まずにあらゆる業界の刺激的な人達とこの五年間くらい |
| 協議を重ねてきたためである。そこには起業のヒントが宝庫となっていたのである。 |
| また、霊元師の提言する、業務寺院でいくか、観光・祈祷寺院でいくかの二者択一が将来の命運を |
| 分けるとのこと、まさに卓見なのである。詰まるところお寺は人材の宝庫なのである。檀家が財産なの |
| である。これをうまく活用すること、そして、伽藍を有効利用して開かれた寺院を目指すこと。これが、 |
| 将来二極化するといわれる寺院にあって生き残っていく、唯一の施策ではないだろうか。 |
| なぜなら、縁起もなく観光・祈祷寺院になるということは至難の業である。とても一朝一夕にできるも |
| のではない。私が外部人事招聘に賛成の理由として次のようなことがある。私個人は宗門の教育機 |
| 関で長くお世話になり海外での生活もさせていただき宗門にはたいへん感謝している一人である。宗 |
| 門にも確かに東大京大一流大学出のエリート人もあり、私も十数人存じ上げている。一様に人柄は |
| よかったと記憶しているが、皆に僧侶としての資質、魅力があったかといわれれば必ずしもそうでも |
| ない。意外に申し訳ないが大したことないんだなあと思ったことさえある。もちろん、全体から見れば |
| それなりである。また、皆が哲学科宗教学科出ではないということもあるのだが。であるためにこの |
| 方たちが宗門の指導者になって変わるかというとあまり期待を持てない。海外で活躍した方において |
| もである。ではいったい住職僧侶の資質・魅力とは何かを私なりに考えてみたい。それはまず、1)出 |
| 来うる限り戒律を守って清貧にくらし、行に邁進していること。2)勉強家であること 3)淡淡と飄飄と |
| していること。 4)仏教や法式に精通していて、わかりやすく人に教授できること。 5)人柄が立派 |
| で人間的魅力があること。 以上5点挙げてみた。もちろん、こんな人果たしているのといわれてしま |
| うが、私が見てきた尊敬できる方はこの素養がそれなりにあったと思う。必ずしもエリートであること |
| はないし、まじめで信用のおけることが大事になってくる。却って愚直に特別に取得がなくてもまっす |
| ぐ一途なことがよいように思う。これが僧の魅力ではないのか。だからこそ、運営面、組織面では在家 |
| の有能な方を招聘して任務に当たってもらう。それも奉仕的であることのほうが一般寺院では望まし |
| い。そして僧侶たちは本来の業(行?)務に遂行してもらうこと。これが私の拙い提言である。 |
| たまたま宗門には川岸師、神野師、霊元師、千代川師のような有能な人材もおられる。知恵を拝借し |
| てみるのもいかがなものか。私は宗門に限らず、斬新なアイデアを持って寺院運営をされておられる |
| 住職には、遠隔地で他宗であっても出向いていって取材をさせていただいている。一様にみな親切 |
| な方ばかりであった。 この拙い私見が皆様方のお役に立つかは定かでないものの、一案を披瀝さ |
| せていただいた。ご笑読いただきましたことに感謝しつつ擱筆とします。 |
| ※(1)(2)(3)仏教企画「この時期に曹洞宗の構造改革を実行しないと宗門はダメになる」(2008.8.9)参照 |
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| 2008年10月31日 見性院住職 |